本名 | 生年月日 | 出身地 | 職業 |
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鳩山由紀夫 | 1947年2月11日 | 東京都文京区*2 | 政治家 |
第93代内閣総理大臣。元衆議院議員(通算8期)。
東京大学工学部卒業、スタンフォード大学大学院博士課程修了。
曽祖父に鳩山和夫、祖父に鳩山一郎、父親に鳩山威一郎、実弟に鳩山邦夫、甥に鳩山太郎*3の政治一家である。
さらに母方の祖父はブリヂストン創業者の石橋正二郎、夫人は元宝塚歌劇団女優の若みゆき(鳩山幸)、義妹はタレントの高見エミリー(鳩山エミリ・邦夫夫人)、と有名な親族が多い。
東大卒業後にスタンフォード大学大学院博士課程修了、東京工業大学助手、専修大学助教授をそれぞれ経て1986年の衆議院議員選挙で自民党公認として当選。
1993年に宮沢内閣の不信任案が可決されると、小沢一郎らとは別行動で自民党を離党し「新党さきがけ」を結成。細川
その後、私財*4を投じて菅直人とともにリベラル左派政党「民主党(旧民主党)」を旗揚げし、菅直人と共同代表に就任し党務担当代表となる。1997年に政務・党務共同代表制が廃されると、菅直人代表のもと、幹事長に就任した。
1998年に、統一会派「民主友愛太陽国民連合」に参加していた各政党を吸収する形で現在の「民主党」を結党(法規上は旧民主党の継続)し、幹事長代理を務める。
1999年には代表選挙で菅直人を破り代表に就任したが、2002年には小沢一郎率いる自由党との統一会派構想の責任を取る形で12月には辞任に追い込まれた。その後は、民主党内での最大グループを率いるなどのある程度の影響力を保持するが、以降は小沢一郎に接近していく。
2005年に前原誠司代表のもとで幹事長に就任するが、堀江メール問題により引責辞任を表明する。しかし、後任の小沢一郎代表のもとで幹事長に留任した。
2009年に西松建設がらみの献金問題で小沢一郎が代表を辞任すると、民主党代表選挙に勝利し7代目の民主党代表に就任する。
2009年8月30日に行われた衆議院議員選挙にて自民党を下野(自民党にとっては1993年の衆議院議員選挙以来、2度目)させる大勝を収め、政権交代というかたちで9月16日に第93代内閣総理大臣に就任した。
政権交代を成し遂げた鳩山内閣であるが、「政治とカネ」問題での政治不信、普天間基地移設問題の無策、財源の捻出失敗、経済政策での失策などから支持率を急速に失い、2010年4月の口蹄疫問題への対応遅れと責任逃れから支持率は10%台に陥いる。また迷走を重ねた普天間基地移設問題で、沖縄県内移設の方針を打ち出したため社民党の連立離脱を招き、党内外から選挙に勝てないと「鳩山おろし」の風が吹いた。
2010年6月2日に民主党の衆参両院議員総会にて「職を引かせていただく」と述べ正式に辞意を表明、同時に小沢一郎幹事長も辞任することを明らかにした。辞任の弁は「私たち政権与党のしっかりとした仕事が必ずしも国民のみなさんの心に映っていません。国民のみなさんが徐々に徐々に聞く耳を持たなくなってきてしまった。」とのこと。2010年6月4日をもって内閣総辞職。その後は、職務執行内閣として職務を務め6月8日をもって退任*5。辞任表明以降は内閣記者会が記者会見を求め続けたが記者会見に応じず、恒例である国民への退任会見なども一切拒否したまま職を去るという、最後の最後まで異例尽くしの政権となった。
鳩山氏は総理大臣経験者は政界に残るべきではないという持論を明らかにしていたため、一旦は政治家引退を表明した。しかし、「自分の思い通りになっていない」との理由で引退を撤回。
菅直人首相辞任後の民主党代表選では小沢一郎と協力体制を築き海江田万里を擁立するも代表選に敗れ、野田佳彦首相の元で民主党最高顧問となった。しかし、2012年に消費税引き上げを含んだ社会保障・税一体改革関連法案が審議されるとマニフェスト違反として批判し、法案が国会に提出されると反対票を投じて最高顧問を辞任した。この造反により民主党から党員資格停止3ヶ月*6の処分を受けた。しかし、処分決定後も小沢氏との共同歩調の方針を表明し、野田首相や党執行部への批判を続けている。
党員資格停止処分が解けた同年10月に党最高顧問(外交担当)に復帰した。
2012年11月20日に、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の推進などの民主党執行部の政策方針を受け入れる公認申請書に署名することを拒否し、12月16日に行われる予定の衆議院選挙には民主党の公認候補として立候補しない意向を明らかにし、政界を引退した。
2013年3月に東アジア共同体研究所を設立し、理事長に就任。
2013年6月末をもって民主党を離党した*7。これに先立って6月下旬に尖閣諸島を日本が「盗んだ」と発言し、民主党内で除名処分にすべきとの声も上がったが、民主党は事務手続きのため5月末ですでに離党しているため鳩山氏を処分することはできないとして、厳重抗議をするに留まった。
思想信条においては、「リベラルは愛であり、この愛は友愛である。」という祖父・鳩山一郎が最も好んでいたフレーズから、「友愛」という言葉を絡めた発言が多い。さよなら絶望先生作品中でも義務化(後述)している。
2012年2月には、政治活動で使用する名前を「友愛」から一字を取って「鳩山友紀夫」に変更する旨を後援会の会合で宣言。ただし、議員時代に実際に名義変更されることはなかった*8。
2013年に東アジアに友愛によるユートピアを実現するという理想を掲げ、東アジア共同体研究所を設立。この活動開始に伴いニコニコ動画に開設された「UIチャンネル」では「鳩山友紀夫」名義を使用している。
さらに、鳩山一郎が陰謀論と絡められることが多い友愛団体「フリーメイソン」のメンバーである*9ことから、彼自身にもフリーメイソンのメンバー疑惑が向けられている。*10
元宝塚歌劇団女優の若みゆきこと鳩山幸夫人との仲はむつまじい。夫の服装を選ぶ際の独特なセンスが話題になった一方で、宇宙人と金星に行ったり食事の代わりに太陽を食べたりと電波な発言も多い。
中学生以下1人あたり毎月26000円を配布する「子ども手当」*11、農漁業の戸別所得補償制度、高速道路無料化、ガソリン税の暫定税率廃止、公立高校の実質無償化、年金制度の改革、国債の新規発行抑制などが明示されていた。
各省庁の金銭の無駄遣いにメスを入れた「事業仕分け」などのパフォーマンスにより、「政治主導」「脱官僚」などを謡い文句にした独自路線で従来の自民党政権との違いを打ち出すなど、政権発足当初には70-80%近い支持率を誇った。
しかし「政治主導」「脱官僚」を謡う一方、日本の経済成長を阻害する方針・政策が連発され、円高容認発言など日本の輸出産業にとって不利な為替政策が重なる。結果、2009年8月末までは年初来+12.39%の伸びを見せていた日本の株価変化率も、9月以降には世界のなかで日本の株価変化率だけがマイナスに落ち込んでしまう「独り負け状態」に突入し、9月以降の東京証券取引所の時価総額だけでも35兆円以上が失われてしまう。これにより法人税収も落ち込み、事業仕分けで1兆円の埋蔵金を発掘するとしたパフォーマンスの間にも税収が35兆円を下回り、また肝心の埋蔵金発掘も6000億円程度となってしまい、財政状況もかえって悪化した。
結果として、上述の「マニフェスト」はなし崩し的に否定され、徐々に国民の支持を失っていった。
米軍普天間基地移設問題では、選挙時に「米軍基地は最低でも県外に移転」との主張に基づき沖縄県の負担軽減を主張していたため、従来の日米合意を反故にし移設先決定を先送りとした。この際に鳩山首相はアメリカのオバマ大統領に「Trust me」と発言*12*13したにもかかわらず、その後の基地移転交渉の過程では移転先に「腹案がある」*14としながらも、閣僚ごとに発言が二転三転したためアメリカ側に不信感が募り、アメリカ政府高官が鳩山首相を「Loopy(≒クルクルパー)」と表現するなど日米関係は過去にないほどの危機的状況となってしまう。
状況の悪化に伴い当初の県外移設を断念せざるを得ない方向に転じ、沖縄県訪問の際には基地の県内移設に理解を求めるようになった。訪問後の記者会見では「昨年の衆院選当時は、海兵隊が抑止力として沖縄に存在しなければならないとは思っていなかった。学べば学ぶほど(海兵隊の各部隊が)連携し抑止力を維持していることが分かった」と延べ、首相としての無定見と国防の無理解への批判が強まり、沖縄県民からも信用を失う。
また、麻生内閣まで継続して推進されてきた価値観外交を否定し独自の「友愛外交」を展開するも、沖縄近海を中国海軍艦艇10隻が航行するなどかえって東アジア情勢の不安定化を招いた。折からの朝鮮半島情勢の悪化もあって、一転して普天間基地の移転交渉を断念し沖縄への固定化へと追い込まれ、これを不服とした社民党の連立離脱により政権基盤が不安定化した。
首相辞任後には、普天間基地問題で米軍を「抑止力」としたことについて方便だったと発言し、基地問題を抱える沖縄などからさらなる反感を買っている。
また、首相経験者として外交に積極的に関わり、ロシアとの北方領土問題、インドやイランの核拡散問題で交渉を行っている。しかし、イランへの電撃訪問では日本政府の渡航自粛要請を無視して訪問した上に、イラン側に鳩山氏がIAEAを批判する立場を取ったという発表をされるなど政治的に利用される形となり、大きな批判を浴びた。
政界引退後も、2013年1月に訪中した際に尖閣諸島問題の係争を認めるべきと発言(「係争地」発言)し、南京虐殺における中国側の主張を認めるような言動を取り、第二次安倍内閣の小野寺五典防衛大臣から「国賊」と批判され、菅直人元首相からも首相経験者としての発言の重さを考えるよう苦言を呈された。
しかし、同年6月には中国のテレビ局から取材を受けた際に、尖閣諸島問題に関してカイロ宣言を根拠に「『日本が盗んだ』と思われても仕方ない」と答え、さらなる波紋を呼んでいる。
首相就任早々の2009年9月に、国連総会で地球温暖化対策として日本のCO2排出を2020年までに1990年比で25%削減すること国際公約した*15。
この公約達成のために原子力発電所を増設し原子炉14基を新規建造する方針を打ち立てたが、福島第一原発事故が起きたため頓挫した形となっている。
福島第一原発事故を受けて、原発事故が起きても対策が容易(物理的に封じ込めしやすい)になる地下式原子力発電所を推進する超党派の議員連盟に加入し顧問に就任した。
原発の再稼働には反対する立場を取り、2012年には野田内閣による大飯原発再稼働に反対して首相官邸前で行われた脱原発デモに飛び入り参加するなど、当時の民主党政権を混乱に巻き込んだ。
2009年の首相就任を受けて、その思想信条である「友愛」が随所に登場、197話より義務化を果たしたり(なお、加筆により単行本第十九集収載作品に遡って登場している)、「新首相のネクタイ 」を取り上げたり(195話)、事業仕分けに触れられたり(204話)、鳩山首相の苦労を紙ブログで取り上げるなど、当初は比較的好意的(?)に扱われていたようだ。
しかし政権の迷走を受け、208話にて満を持してついに似顔絵が登場、小沢一郎幹事長に操られる操り人形のように描かれた(後に237話でも同様の描かれ方をしている)。似顔絵は209話にも登場したため「義務化」の勢いを見せているかと思われたが、次週210話にて「知能をもったハト」が登場。以降、このハトが義務化している。なお、ハトには270話の扉絵では「ユキオ」の名前がつけられている。
208話にて政権交代について「効能に少々大ゲサな部分があった模様です」とチクリと批判して以降は批判的なネタが散見され、個人献金問題を取り上げたり(209話)、交代熱望ネタとしてサッカー日本代表の岡田武史監督とともに揶揄されたりした(214話)ほか、「秘書のせい」(215話)、迷言「トラストミー」(216話、221話、228話)、「腹案」(225話)や「Loopy」(210話の単行本追加ページ、226話、291話)、「聞く耳をもたない」(226話)などがネタとして登場した。
その他背景ネタとして、CO2排出を25%削減するという「鳩山イニシアチブ」が何度か取り上げられている(203話、208話、219話、291話)ほか、「幸」「みゆき」など鳩山幸夫人のことと思しきネタ(190話、203話、204話、205話、207話、257話)も散見されている。
政権交代前のエピソードからも、鯨のシチュー(247話)ネタが登場している。
懺・さよなら絶望先生の放映時期が第45回衆議院議員総選挙の時期と重なったこともあり、鳩山代表(当時)に関わりのある「友愛」や「故人献金」といった背景ネタ・黒板ネタが登場していた。
二十二日目にて金星出身の「銀河連邦太陽系知事のハトヤマ」として登場。
二十二日目がアニメ化された第六席Cパートに登場。名乗りこそ「銀河連邦太陽系知事の元総理」と変更されたが、「最低でも大気圏外」「方便」「腹案」と鳩山氏関連のネタが補強*16されている。