小室哲哉

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小室哲哉(こむろ てつや)[編集]

~本名 ~生年月日 ~出身地 ~職業
~小室哲哉
こむろてつや
1958年11月27日 東京都 音楽家、音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、
アレンジャー、プログラマー、ミキシングエンジニア、
キーボーディスト、DJ

略歴[編集]

アーティストとして[編集]

早稲田大学に在籍中の1975年頃から、プロミュージシャンとしての活動を開始。あのねのね、白竜、原田真二等のバックバンドを経験。

1983年『TM NETWORK』結成(のち『TMN』に改名)。1987年に発表した「Get Wild」で一躍人気バンドとなる。
自身のバンド活動と平行して楽曲の提供も行い、1986年に渡辺美里へ提供した「My Revolution」が日本レコード大賞で金賞を受賞。渡辺美里をはじめ中山美穂、松田聖子、小泉今日子、宮沢りえ、観月ありさ、牧瀬里穂、中森明菜などに楽曲を提供していた。実写映画の「ぼくらの七日間戦争」や「天と地と」においても劇中音楽を手掛けるなど作曲家としての才能を発揮していた。

プロデューサーとして[編集]

1994年に『TMN』終了前後から総合音楽プロデューサーとしての活動に軸足を移す。
1994年からの約5年間にが全盛期で、数々のミリオンセラーやヒット曲を打ち立て「小室サウンド」と呼ばれる社会現象を起こした。この間にプロディースした歌手は、観月ありさ、篠原涼子、trf、hitomi、内田有紀、H Jungle with t、dos、globe、華原朋美、安室奈美恵、tohko、鈴木あみなど。1995年にラップ担当のMARC PANTHER、ヴォーカル担当のKEIKOとglobeを結成。1996年はglobeのアルバム「globe」が当時のオリコン記録を更新する売り上げ400万枚以上を記録。安室奈美恵のアルバムも300万枚を超えるなどこの年だけでプロデュース曲の総売上枚数は1500万枚以上を記録、まさに小室時代と呼ぶべき状態であった。当時の納税額は11億7000万円で、その推定所得は約23億円だった。
この期間、女性関係にもやんちゃだったとされる。自らプロデュースした歌手の華原朋美は元恋人(ただし小室自身は「アーティストに手をつけたのではない、恋人に曲を書いてデビューさせただけだ」と釈明)。華原とは1999年に破局した。その後ユニットKiss Destinationのパートナーであった吉田麻美に手をつけ出来ちゃった結婚、一年持たずに離婚している。

犯罪者に転落[編集]

しかし奢れる者は久しからず、1999年以降CDの売り上げが急降下、ファン離れが急速に進んだ。その原因は、過去のヒット曲をPCに入力しコード展開に合わせて出力して組み合わせるという作曲手法のため、似たような仕上がりの作品が続き飽きられてしまったためと考えられている。
その後、事業の失敗や離婚に伴う多額の慰謝料など資金繰りが悪化。それでも贅沢な暮らしはやめられなかったようで、2002年11月にglobeのKeikoと再婚した頃から、所有していた別荘、株、高級乗用車、クルーザーなどの資産売却を行うようになった。
2006年頃、小室名義で登録している全楽曲806曲の著作権を生活苦のため10億円で譲渡する仮契約を債権者と結び、5億円を受け取った。しかしすでにこれら権利は差し押さえられており二重契約であった。小室が受け取った5億円は借金返済に使っており、当初から金を詐取する目的だったことが判明し、 2008年11月4日に上記詐欺事件容疑で逮捕されている。ちなみにその時の衣装はユニクロのズゴックTシャツであった。

久米田康治との関連[編集]

さよなら絶望先生 作中[編集]

小室哲哉プロデュースのアーティスト、特に華原朋美がらみでネタにされる。